古書・「魂蔵屋」(まくらや)の日常

 

『鬼ごっこ』

 

 

『鬼ごっこする者よっといで〜・・』

「へ!?」

突然聞こえた幼い声に、火野草太が振り返った

迫る夕闇が草太の伸びた影の輪郭を曖昧にしつつある

まだ日が長いとはいえ、こんな時間に鬼ごっこをするような子供もいないだろう・・と、首を傾げつつも草太がきびすを返した

すると

『鬼ごっこする者よっといで〜、鬼ごっこする者よっといで〜』

また、聞こえた

しかも今度は幻聴なんかではないと確信できるほどに、はっきりと

「・・・え!?」

声のする方へ振り返ると、『タタタタタ・・・』という軽やかな足音と共に細長く伸びた人影が草太の影の先で止まった

「へ!?だれ・・・」

不自然なまでに長く伸びた影の先にある、濃い闇色の建物の影に向って呟きかけた途端

バチッ!!と、大きな石が草太の足元で跳ね上がった

「うわっ!?」

跳ねた石を避けようとして思わずバランスを崩して尻もちをついた草太の耳に、聞き覚えのある男の声が流れ込む

「このバカ!連れて行かれちまうぞ!!」

草太の影に向って伸ばされていた手の影が、尻もちをついたせいで移動した草太の影を捕らえられずに弧を描いて空振りしたかと思うと、まるで逃げるようにその伸びていた影が縮んで、闇色の影の中に吸い込まれるように消えてしまった

「み、三峰(みつみね)!?」

影の消えた建物の影の中へ飛び込んで「ちっ!逃げられたか・・!」と、不機嫌そうに呟いた男に向って草太がその名を呼びかけた

未だ165センチしかない高校一年生の草太に比べ、三峰と呼ばれた男はゆうに180センチを越す長身で浅黒い肌に短い漆黒の髪、ノースリーブのTシャツから除く逞しい二の腕を闇色の中に浮かび上がらせている

「・・ったく!物の怪を引き寄せる性質なんだから、ちったぁ自覚しろって言ってるだろ!このガキ!」

「ガキじゃない!草太だってば!・・っていうか、危ないじゃんか!あんなデカイ石!当たったらどうするんだよ!?」

尻もちをついた身体を起こし、パンパン・・っと汚れを落としながら草太が上目使いに三峰を睨みつけている

「おまえなあ!俺が石を投げなけりゃ、今頃あっちの世界に引きずり込まれて鬼になっちまってるぞ!!」

「へ!?鬼?!」

キョトンとした表情で目を瞬いた草太に、腕組みをして仁王立ちした三峰が「ちっ!」と、舌打ちすると

「細かい事は虹(こう)に聞け。俺はもう少し探してくる・・!」

そう言い放ったかと思うと、くるっときびすを返しあっという間に更に闇色を増した夕闇の迫る角に姿を消した

「あーもうっ!また虹さん絡みかよ!!それであの人がでてくるって事は・・また何か逃げ出しちゃったのか・・!」

うんざり・・といった顔つきになった草太が力なく歩き始める

二つ目の角を曲がった先で、「ジジ・・」と、まるで草太の訪れを待ち構えていたかのように街燈に明かりが灯った

その明かりが照らす横に「古書・魂蔵屋」(こしょ・まくらや)と刻み込まれ、年輪の木目が良い味を醸し出す古ぼけて黒光りする看板が掲げられている

一昔前の作りの店構えで、すりガラス張りの引き戸の向こう側に半分だけ白いカーテンが引かれていた

「ただいまー!」

ギシギシ・・と引っかかりのある引き戸を、慣れた手つきと足さばきで草太が引き開ける

店内の室内灯は既に落とされ、高い天井いっぱいまでありとあらゆる種類の本で埋め尽くされた本棚が闇に向って溶け込んでいっているように見えて、今にも倒れ掛かってきそうな威圧感を更に煽り立てている

その威圧感の向こう・・人一人通るのがやっとといった幾筋かの通路の突き当たりにあるレジ台で、これまた一昔前風なランプに明かりを灯して座っている雨月 虹(うつきこう)が顔を上げた

「おかえり草太くん。三峰知らない?」

柔らかなランプの明かりに照らし出された虹は、銀色のフチ眼鏡の奥でいつも細められて笑っている瞳を一層細め、開いていた本をパタンと閉じた

「さっき会ったよ。・・で、それ、何の本?今度は何が逃げ出したの?三峰が現れたって事は、何か厄介事・・?」

灰暗い通路を危なげなく突き進んだ草太が、レジ台に行儀悪く腰掛けて虹の手元にある本を覗き込む

草太の言うとおり、どこからともなく突然三峰が姿を現す時は、決まって何か厄介事が起こっていた

不思議な事に、草太は虹が三峰に電話をかけたりして連絡を取っているような素振りを見たことがない

なのに、いつの間にやら三峰は虹の居るこの「魂蔵屋」の引き戸の所に寄りかかって立っているのだ

(あの人って・・一体なにやってる人なんだろ・・?)

そんな事を思いつつ覗いた本の表紙には・・

「「鬼ごっこ」・・?って、あの、ちっちゃい頃によくやった、鬼ごっこの事?」

「そう。私も小さい頃よくやりましたが、草太くんの子供の頃にもやってましたか。でも、最近の子供はこんな遊びをしなくなっちゃったんですかね・・?」

ふう・・と、虹がため息をもらしつつほお杖をついた

色素の薄い肌理の細かい肌の色と鳶色の髪を持つこの青年の容貌は、草太が幼い頃からほとんど変わっていない様に見える

まるで時が止まったように、いつの頃からか年齢不詳という形容詞が誰よりも似合うようになったこの従兄弟の本当の年齢を正確には知らないし、そんな事を気にする草太でもなかった

「あ・・!だからさっき「鬼ごっこする者よっといで」って言う声が聞こえたんだ?」

「三峰に会えて良かったですね。会ってなかったら今頃草太くんはこの本の中でしたよ?」

「・・・え?」

「さっきの奴は鬼ごっこの鬼だ。一緒に遊んでくれる奴を探しに本から抜け出した。あの鬼に捕まった者はその本の中に閉じ込められる・・ってことだ」

聞こえてきたその声に振り向くと、いつの間にか三峰がいつものように引き戸のところに寄りかかって立っていた

「見失ってしまいましたか?」

「ああ、さすがに鬼ごっこの鬼だけある・・逃げ足は一級品だ」

「三峰で追えないとなると、厄介ですね・・」

「まだ誰もつかまっていないか?」

ツカツカ・・と草太の横に歩み寄った三峰が、虹の手元にあった本を取り上げパラパラとめくる

覗き込んだ草太の目に、真っ白なページが映り込んだ

「何、この本?何にも書かれてないじゃん?」

訝しげに眉根を寄せた草太に、虹が答える

「ええ、だから鬼が抜け出してしまったんです。鬼を本の中に留めて置けるだけの思い出や記憶が人の中から薄れて消えかかってしまっているから・・」

「どういうこと・・?」

更に眉間にシワを寄せた草太に、三峰があきれたようにバンッとその目の前で本を乱暴に閉じた

「ここにおいてある本はただの本じゃないってことだ!何度言ったら分かる?!少しは学習しろ、ガキ!」

「ガキじゃねえって!そっちこそ何度言ったら分かるんだよ!?」

「ガキなんだからそれ以外言いようがねーだろ?悔しかったらこの鬼捕まえてみろってんだ!」

「つ、捕まえてやろーじゃん!見てろ!三峰より先に捕まえてやるからな!」

売り言葉に買い言葉・・で、引っ込みのつかなくなった草太が三峰の身体を押しのけて再び引き戸を出て行った

「・・・挑発しましたね?三峰・・」

幅広のガッシリとした三峰の背中が、笑いを堪えるのに小刻みに震えている

「・・くくく!いや、あそこまで安易に出て行ってくれるとは思わなかったがな・・!」

「やれやれ・・仲が良ろしいことで」

「どこがだ!?あんなガキと遊ぶ趣味はねーぞ」

「おや、確か三峰と出会った時、私もあれくらいの年だったと思ったんですが・・?」

「・・・屁理屈を言うな、虹。あのガキとお前とじゃ比べる対象にならない」

「子供は大人になるものですよ?」

変わらぬ笑みを湛えたまま虹が立ち上がり、草太の出て行った後を追うように引き戸に向う

「こーうーー!なんだ?草太を使うのが気に入らないのか!?仕方ないだろ!鬼ごっこはガキのお遊びだ。ガキじゃなきゃあの鬼は捕まえられない・・!分かってるだろう!?」

自分の横をすり抜けて行こうとした虹の腕を掴み、三峰がその華奢な首筋に腕を回す

「三峰、本気であの鬼を追う気がなかったでしょう・・?」

チラッと肩越しに虹が意味ありげな視線を投げる

「・・そりゃこっちの台詞だ。虹、お前・・わざとあの鬼を逃がしただろう?」

答えの代わりに肩をすくめた虹と、三峰の視線が絡み合う

「嫌な大人ですね・・お互いに」

「いいんじゃねーか。そういう大人にならなきゃ出来ないことだってあるだろう?」

意味ありげな視線で言ったその言葉に、虹の首筋に押し当てられた三峰の唇がわずかに上がった虹の体温を感じ、笑みを浮かべていた

 

 

 

 

 

「くっそー!ああは言ったものの・・どうやったら捕まえられるんだ?その鬼!」

とりあえずさっき鬼の声を聞いた場所まで引き返してきた草太がどうしたら良いか分からずに、天を仰ぐ

一面に広がる星空が、草太を見下ろしていた

「・・・鬼ごっこって、たくさんやる奴がいてこそ面白いんだよな。こんな時間に人が一杯居るところ・・っつったら・・」

ポンッと手を打った草太が人通りの多い駅前の方へ駆け出した行った

 

 

 

「おーーー!居た居た!!隆(たかし)、浩二(こうじ)!まーた塾サボってやがるのか!?」

駅前のコンビニの前に座り込んでジュースを飲んでいる二人組みの小学生に草太が声を掛けた

「げー。草太じゃん。サボってんじゃねーよ、自主学習っていうんだよ!」

「・・そうそう、もしくは人間観察学習っていうんだよな!」

全く悪びれた素振りもなく切り返してくる辺り、サボりの常習犯といったところだ

「魂蔵屋」のすぐ近くにある高層マンション住んでいる小学生で、古本屋である「魂蔵屋」にこずかい稼ぎに要らなくなった本を持ち込んでくる

虹の所に居候している身分である草太は、日曜日など空いている時間に店番を請け負っていて、その辺の子供とはすっかり顔馴染みの間柄だ

「草太こそ何してんだよ?」

「あーー・・俺?ちょっと、人探し・・ってとこ」

「人探し?誰探してんの?」

塾はサボったものの・・塾が終わる時間までの暇つぶしを探していた二人である

興味津々といった感じで草太を見返してくる

「へへ・・ちょっと訳有りな人探しでさ・・見つけられたら、こないだお前らが欲しがってた本、安くしてやってもいいぜ?」

「まじ!?」

「やった!!」

顔を見合わせた二人が同時に叫ぶと、飲みかけのジュースを一気に飲み干してゴミ箱へ投げ入れて立ち上がった

「それでさ、もう少し頭数揃うと見つけやすいんだけどな。どっか心当たり・・ない?」

「あー・・それならあっちの本屋に居るよ」

隆と浩二と同じく塾のサボリ組らしき小学生5人ほどを引き連れて、草太が近くの公園へとやって来た

「よーーーしっ!それじゃあ、やるぞっ!!」

公園の真ん中で腰に手を当てた草太が宣言する

「やるって・・何をするんだよ?」

困惑顔の小学生どもに、ニッ・・と笑った草太が叫ぶ

「鬼ごっこする者よっといでーー!!」

あまりに子供じみた遊びの名前を大真面目に口にした草太に、5人があっけにとられて顔を見合わせる

「草太?一体何のつもり・・・」

その言葉を最後まで言わせずに、草太が続けて叫んだ

「俺に捕まったら、さっき言った本の割引はなし!だからな!3数えたら行くぞ!」

「ひきょーもの!!」

「うそだろー!!」

口々に悪態はつきつつも、5人が一斉にばらばらな方向に走り出す

「いーち、にーーい、さーーーーーんーーーーっ!」

煌々と輝く街燈のおかげで、公園の中は思ったより明るい

草太は躊躇なく走り出した

先ほど「鬼ごっこするものよっといでー!」と、草太が叫んだ時、ザワ・・ッとした感触が草太の背中を駆け抜けていた

それは物の怪を視る性質の草太が、いつも何かが居る時に感じる前兆のような感触だ

(・・居るっ!絶対、そのうちに混じってくる!!)

走り出した草太が、あっという間に一人目を捕まえて

「つーかまえた、つかまえたー!」

と、独特の節回しで鬼を交代する

鬼になった者はその場で3つ数えて次の鬼を求めて走り出した

夜・・というものは否応なく人の心に恐れを生み、その心を押し隠すかのように浮き立たせる

誰もが知っているのに滅多にやらなくなった「鬼ごっこ」は、闇夜にまぎれて逃げ回る感覚が妙に秘密めいていて、最初は義理のように走っていたはずの全員がいつの間にか本気になって逃げ回っている

そして

何度目かの鬼になって走っていた草太の目に、異様なものが映りこんだ

街燈の照らされ方で2重3重になる影の中に、ひとつだけ妙に闇色を濃くしたような影が一緒になって走っている

(見つけた!あれだ!!)

遊びにしろ何にしろ、始めに「やろう!」と言い出さなければ始まらない

言葉は呪文

呪文を言い放つ事でその世界が動き始める

鬼ごっこの場合「鬼ごっこする者よっといでー!」だ

その言葉を発した者に主導権があり、他の者はあくまで参加者ということになる

つまり

その言葉を一番初めに発した草太がこの遊びの主導権を握っており、一緒になって走り回っているその闇色の影は、鬼に捕まえられるまで、鬼にはなれないのだ・・けっして

草太は逃げ回るその影めがけて手を伸ばし、自分の手の影を使ってその闇色の影の腕を捕まえた

影の部分で握ったはずなのに、草太の手にはしっかりと形ある何かが掴まれている

「つーかまえた!つかまえた!!」

握った瞬間、草太は闇の中からその手を引き上げるように思い切り引っ張り上げた

途端

ポンッとばかりに何かが闇色の影の中から飛び出してきた

「・・へっ!?」

掴み上げたその何かを見て、草太が思わず絶句する

それは・・白い着物を着た、小さな可愛らしい角を2本頭から生やした鬼の子供・・だった

「お・・お前・・が、鬼?」

もっと恐ろしげな容姿を想像していた草太が、つい、笑い出しそうになった口元をなんとか覆ってごまかしている

「・・・も、もう少しで本の中で消えてしまいそうだったんだ!力を蓄えたら、もっとちゃんとした鬼の姿にだな・・!」

草太が笑いを堪えている事に気づいているのだろう・・顔を真っ赤にしながら怒ったように鬼の子供が言い放つ

「分かった分かった!!じゃ、一緒に遊ぼうぜ!ここから「手つなぎ鬼」だ!行くぞー!!」

ポンポンと小さな鬼の頭を撫で付けた草太が、そう叫んで走り出す

片手にしっかりと鬼の子供の手を握って走り、次に捕まえた浩二が「手つなぎ鬼」の要領で鬼の子供と違和感なく手を繋いでいく

草太の目に映っている鬼の姿と、他の者が見る鬼の姿とではおそらく違っているのだろう

次々と捕まっては手を繋いで走る他の者もみんな鬼の子供を違和感なく受け入れ、一緒になって走っている

とうとう最後の一人を捕まえて、全員が鬼になり、「手つなぎ鬼」は終了だ

「あーー!おもしろかった!!」

「ほんと、久々にマジで走ったなー!」

「今度学校でもまたやろうぜ!」

「とーぜん、女の子も誘うんだぜ!?」

「あったりまえじゃーん!」

すっかり最初の目的を忘れ、じゃれあいながら5人の小学生たちが草太に手を振り帰っていく

「じゃーな!草太!・・・と、また学校でな!」

振り向き様にそう言った5人に、鬼の子供が手を振り返している

その光景に・・草太に既視感が甦る

「・・そっか、お前って・・後で考えたら一人多いよな・・っていう、あいつか!」

きっと、今帰っていった5人も後になってふと思い出すのだろう

・・・あれ?そういえばあいつ、だれだっけ?・・・と

鬼の子供が草太を仰ぎ見て、ニッと笑う

「・・・帰るか?」

そう聞いた草太に、コクンと鬼の子供が頷き返した途端

スゥ・・・ッとその姿が掻き消えた

その瞬間

草太がペタン・・と腰が抜けたように座り込む

「・・え?あ、あれ・・!?」

「やるじゃねーか、ガキ」

頭上から浴びせられた言葉に、草太がハッと顔を上げる

背後から三峰が、正面から虹が、草太を見下ろしていた

「お疲れ様、草太くん。しっかり本も元に戻ったよ」

そう言って、虹が本を草太の目の前にかざす

「・・え?これ、さっきの本と違ってない・・?なんか新しくなってるし、それに・・表紙が」

そう・・「鬼ごっこ」だったはずの表紙が「手つなぎ鬼」に変わっていたのだ

「遊びが変わりましたからね。本も話も新しく生まれ変わった・・というところでしょう。すいぶん、あの鬼も栄養をつけたようですし」

「へ?栄養って・・?」

「お前、かなり長い間あの鬼と手を繋いでいただろう?あの鬼は子供の生気を吸収して生きてるからな。他のガキからも吸収してるだろうが、お前の方が口に合ったとみえる」

「・・げっ!?だから俺、立てないの!?」

力が抜けてだるく立ち上がれそうもない身体を、草太が今更ながらに実感する

「だから自覚しろといってるだろう!?お前は物の怪を引き寄せる性質なんだよ!」

「・・そ、それって・・まさか・・」

「そう。草太くんはね、物の怪から見たらものすごーく美味しそうな気の力と身体をしてるってこと!」

ニッコリと微笑んで草太の顔を覗き込む虹に、草太が訝しげな表情になって聞く

「あの・・さ、虹さん、まさか・・とは思うんだけど、消えかかってたっていうあの鬼、ひょっとして・・ワザと逃がした?俺の帰ってくる時間に合わせて・・?」

「・・ん?まさか・・!」

口では否定している虹だが・・笑ったままの目が一層細められていて、その表情は草太の言ったことが正しい事を確信させるのに充分で・・・

(そうだった・・こういう人だったよな虹さんて・・!この容姿にだまされるんだよな〜・・・)

我が身を呪うしかない草太がガックリと肩を落とす

「ガキはガキらしく飯食って、よく寝て、体力回復させる事だな。ほら、特別に背中を貸してやる」

三峰が立てない草太を背負い上げる

「う、うわっ!あ、ありが・・とう・・!」

「礼はいらねー。お前が大人になるまで貸しにしとく」

「ええ!?俺に三峰は背負えないぞ!?」

「誰がんな事期待するか!ったく、これだからガキは・・」

「へぇ・・じゃあ、何を期待してるのかな?三峰・・?」

横に並んで歩いていた虹が、チラ・・と三峰を盗み見る

「子供は大人になるって言ったのは誰だったっけ?」

「・・・・」

肩をすくめた虹が、無言で先に進み始めた

「虹さん・・?」

不穏な空気を読み取った草太が、不安げに虹に呼びかける

「お腹減ったでしょう?草太くん?先に帰ってご飯の準備をしておきますね」

一瞬の間を置いて振り返った虹がいつもの笑顔でそう言うと、どんどん二人を引き離して歩いていく

「こーうー!寝床の準備も忘れんなよ!」

遠ざかっていく虹のうなじが薄っすらと赤みを帯びたのを、遠目の利く三峰がほくそ笑んで見つめている

「・・・な、三峰、なんか・・虹さん不機嫌っぽくなかった?」

「だから貸しだと言ってるだろう!ガキ!」

「だからさー・・ああ、もういい・・よ・・考えるのもめんどくせー・・」

コテン・・と三峰の背中に全身を預けて、草太がウツラウツラとし始める

「・・・よく頑張ったな。褒美をやるよ・・受け取っておけ・・」

フ・・と立ち止まった三峰の身体から銀色の輝きが放たれて、草太の身体へと流れ込んでいく

途端に血の気のなかった草太の顔色が、ほんのり赤みを増す

「・・・虹には、ばれちまうだろうな。ま、久々に怒った顔を見るのも一興・・だな」

呟いた三峰の声はどこかしら楽しげだった

 

 

 

 

 

次の日の朝

すっかり元気を取り戻した草太が朝食のテーブルに着くと、珍しく虹がまだパジャマのままだった

「・・どしたの?虹さん?寝坊したの?」

「・・ん?ちょっとね・・朝方まで三峰が居たもんだから・・」

「へえ、珍しいね。徹夜でゲームでもしてたの?虹さん知的戦闘タイプだけど、あの人体力戦闘タイプだよね」

「・・・おっしゃるとおり・・」

「でもやりすぎは身体に悪いよ!今度三峰が来たら注意しておくよ!大人気ないって!じゃ、いってきます!」

「いってらっしゃい・・」

トーストをかじりながらバタバタと元気よく出て行く草太の後姿に、虹が深いため息をもらす

「・・・その元気になった分、搾り取られたんですけどねー・・草太くん・・?」

 

 

その日、「古書・魂蔵屋」の引き戸のカーテンが開かれたのは、昼もずい分過ぎた頃のことだった・・・

 

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